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渡名喜風南の両親は沖縄出身!3人の姉もかわいい?彼氏は?家族構成やwikiプロフも

東京オリンピックで銀メダルを獲得し、今大会の日本メダル第一号となった柔道の渡名喜風南(となき ふうな)さん。

今回は渡名喜風南さんの

  • 家族構成
  • 両親が沖縄出身
  • 3人の姉について
  • 彼氏はいるのか

などについて紹介していきます。

渡名喜風南の家族構成は?

出典元:Instagram

渡名喜風南さんの家族構成はこちら。

  • 姉3人
  • 渡名喜風南さん

渡名喜風南さんは4姉妹の末っ子で、そのため観察眼が鍛えられたそうです。

また、渡名喜風南さんは生まれる時、3人の姉に見守れらながら産声をあげたそうです。

渡名喜風南の両親(父・母)は沖縄出身!

渡名喜風南さんの両親の画像がこちらです。


出典元:琉球新報

2017年10月のもので、柔道世界選手権の女子48キロ級で金メダルを獲得した渡名喜風南さんが、家族と一緒に沖縄県南風原町大名の町役場を訪れたときの写真です。

一番右端の男性は城間俊安町長、一番左端の男性も社員証のようなものを首にかけているので家族ではなさそうです。

左から2番目、町長と渡名喜風南さんの間にいる男性が、祖父の庸善さんだと思われます。

こちらは7月24日の渡名喜風南さんの試合を、沖縄の自宅のテレビで見守っていた庸善さんと親族の写真です。

出典元:沖縄タイムス

前列の真ん中の男性が祖父の庸善さんだと紹介されています。

康善さんは南風原町に住んでいます。

右から3番目が渡名喜風南さんですが、左隣に立っている男性が父親の康吉さん、さらにその左が母親の和美さんのようです。

こちらは写真の一番左の女性が和美さんとのことです。

こちらが父親の康吉さん。

両親は沖縄出身!

渡名喜風南さんは顔立ちがハーフっぽいと言われていましたが、両親の出身は沖縄だそうです。

渡名喜風南さんは自身は神奈川県で生まれ育っていますが、沖縄愛が強く、沖縄を「第2の故郷」としています。

コロナ禍になる前は2~3年に1度の頻度で沖縄に遊びに来ていたそうです。

祖父・庸善さんらによると、4人姉妹の末っ子として生まれた風南さんは、8人いる孫の中で一番負けず嫌いな性格だそう。

柔道をやっているのは風南さんのみで、幼少の頃にはいとこ同士で相撲を取るなど活発な子どもだったと話しています。

ここ数年は会う機会が少ないそうですが、祖父・庸善さんの家の壁中には、渡名喜風南さんが世界大会で活躍する新聞記事や大会メダルを手にした写真が貼られているそうです。

「知り合いに配って自慢する用」に、ラミネートされた渡名喜風南さんの写真もあるそうです。

渡名喜風南さんも、高校時代の三者面談で「早く強くなって引退したらじいちゃんの畑を耕す」と言っていたほど家族愛を持っています。

高校の3者面談では「早く強くなって引退したらじいちゃんの畑を耕す」と言っていたほど家族愛に満ちている孫娘。
引用元:日刊スポーツ

仲の良いご家族のようです。

渡名喜風南の3人の姉もかわいい?

渡名喜風南さんはネット上で「かわいい」と話題になっていますが、3人の姉も可愛いと噂になっています。

3人のお姉さんの写真と確定している写真は、残念ながらありませんでしたが、上にも掲載した写真に写っている女性が姉の一人だと言われています。

出典元:琉球新報

左から3番めの女性で、拡大した画像がこちら。

可愛らしい顔立ちなどが渡名喜風南さんと似ています。

渡名喜風南に彼氏はいる?

現在のところ、渡名喜風南さんに彼氏がいるという情報はありません。

結婚もしておらず、独身のようです。

渡名喜風南のwikiプロフィール

出典元:https://www.park24.co.jp/tokyo2020/f_tonaki.html

  • 名前:渡名喜風南(となき ふうな)
  • 生年月日:1995年8月1日
  • 年齢:25歳
  • 出身:神奈川県相模原市
  • 出身大学:帝京大学医療技術学部
  • 身長:184cm
  • 血液型:O型
  • 所属:パーク24
  • 得意技:小外刈り、寝技。

『風南』という名前の由来について、渡名喜風南さん自身は「特にない」と答えていますが、母が「ふうちゃん」と呼びたかったため「風南」となったそうです。

ただ、実際には「ふうちゃん」ではなく「ふうな」と呼ばれているとか。

 ◆名前の由来…本人いわく「特にない」が、母が「ふうちゃん」と呼びたかったため「風南」となった。ただ、実際には「ふうちゃん」ではなく「ふうな」と呼ばれている。
引用元:デイリー

また、祖父の康善さんは「風南の名前は南風原町を逆さにしたもの。きっと、両親が故郷を忘れないようにとの願いを込めてつけたに違いない。」と話しています。

五輪での勇姿を見届けるために大型テレビを準備した庸善さんは「風南の名前は南風原町を逆さにしたもの。きっと、両親が故郷を忘れないようにとの願いを込めてつけたに違いない。あの子の心にはずっと沖縄はあるよ」と自慢の孫の成長を南国の地から喜んだ。
引用元:日刊スポーツ

渡名喜風南さんは父親が格闘技好きだったため、渡名喜風南さん自身も格闘技好きになり、K-1などを見て育ちました。

幼い頃から活発で、自称「野生児」だった渡名喜風南さんは、ミルコ・クロコップ選手の強さに憧れていたそうです。

柔道との出会いは小学5年生のとき。

相模原市の相武館吉田道場を見学すると「これこそ自分がやりたかったこと」と直感したそうです。

空手を始めようと道場を見学したこともあったそうですがしっくりこず、柔道は楽しかったため、9歳から地元相模原市の相武館吉田道場に通ったそうです。

9歳から柔道をやっていましたが、芽が出始めたのは高校生の時。

修徳高校に通っていましたが、高校3年で出場した全国高校総体で準優勝するなど、将来を嘱望される選手へ成長していきました。

しかし、2014年に強豪の帝京大学に進学すると、スランプに陥り勝てなくなってしまいました。

そんな低迷期の時、母親の和美さんから「死ぬこと以外、かすり傷。勝ち負けに一喜一憂しない方がいい」と言葉を掛けられ、「吹っ切れた」と話しています。

「勝てなくても今やっていることを続けよう」という吉田道場での教えとも重なる部分があり、目の前の成績に一喜一憂せず、常に挑戦者の気持ちで挑んでいくことをと心に決めました。

すると、2014年には世界ジュニア柔道選手権大会でオール一本勝ちで優勝するなど、結果を出せるようになりました。

そんな時に自身を救ってくれたのが、座右の銘でもある「死ぬこと以外、かすり傷」という言葉だった。落ち込んでいた時に母が伝えてくれたのだという。「勝てなくても今やっていることを続けよう」という吉田道場での教えとも重なる部分があった。目の前の成績に一喜一憂せず、常に挑戦者の気持ちで挑んでいくと心に決めると、2年次の2015年には世界ジュニア柔道選手権大会でオール一本勝ちで優勝の偉業。講道館杯全日本柔道体重別選手権大会、柔道グランプリ・青島を制覇し、国際舞台でも結果を出せるようになった。
引用元:https://olympics.com/ja/featured-news/

 

渡名喜風南さんは、母親から掛けられた言葉「死ぬこと以外はかすり傷」を座右の銘にしています。

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