東京オリンピックの柔道女子78キロ超級代表の素根輝(そね あきら)さん。
素根輝さんは柔道界で東京オリンピック代表第1号となっています。
豊富なスタミナと、担ぎ技を軸とした攻撃力が持ち味と言われています。
素根輝さんは、2000年7月9日生まれの21歳。
現役大学生でもありますが、一度大学を自主退学しています。
今回は素根輝さんの
- 環太平洋大学に進学したこと
- 環太平洋大学の退学理由
- 退学理由に古賀稔彦氏が関係しているという噂について
- 退学後の進路
などを紹介していきます。
素根輝は環太平洋大学に進学
出典元:Instagram
素根輝さんは、2019年に環太平洋大学に進学しています。
環太平洋大学は2007年、岡山に設立された私立大学。
女子柔道の強豪としても知られています。
素根輝さんは環太平洋大学へ進学する理由について、「今後の練習方針が一番明確だった」からと語っています。
また、当時の環太平洋大学は、柔道部総監督を1992年バルセロナ五輪王者の古賀稔彦さんが務めており、「古賀氏の指導を受けられる環境を望んだ」という報道もありました。
環太平洋大は1992年バルセロナ五輪王者の古賀稔彦氏が総監督。素根は162センチと小柄ながら背負い投げなど担ぎ技を得意とし、一本背負い投げが代名詞だった古賀氏の指導を受けられる環境を望んだという。
引用元:日本経済新聞
素根輝さんは福岡県久留米市出身ですが、地元では練習相手が少なかったそうです。
そのため、柔道整復師の資格を持ち体格も似ている兄の勝さんが、普段の練習に付き合い、大会の付き人としても支えていました。
こちらの右の男性が兄の勝さんです。
出典元:日刊スポーツ
環太平洋大学に進学後も、これまで通り一緒に稽古に励むと報道されています。
「(練習相手の)お兄ちゃんにも(大学がある)岡山まで来てもらって、これまでと同じく毎日練習を手伝ってもらう。今の生活をそのまま岡山に持っていく感じで、20年までは家族全員にサポートしてもらう」
引用元:日刊スポーツ
また、兄の勝さんだけでなく家族全員で素根輝さんをサポートしていたようです。
素根輝の退学理由は?
出典元:Instagram
しかし2020年7月31日、素根輝さんは環太平洋大学を自主退学しました。
素根輝さんは退学理由について、「五輪に向けて柔道に専念したい」からと話しています。
コロナ禍で五輪が1年延期になり、対人練習ができない期間が長引き、「自分を試せる場がなく、きつかった」と話しています。
素根輝さんは自身を器用なタイプではないと分析しており、まずは柔道に専念する道を選んだそうです。
退学後は、福岡にある母校・南筑高等学校を練習拠点にしていました。
環太平洋大学在学中から大学のほか、東京や南筑高でも練習していたそうですが、五輪に向けて原点に帰って地元で再び追い込みたかったそうです。
そして、コロナ禍が落ち着けば東京でも稽古をしたいと考えていたそうです。
全柔連側も素根輝さんを支援する方針だと報道されています。
しかしコロナ禍で五輪が1年延期になり、素根も対人練習ができない期間が長引く未曽有の経験に「自分を試せる場がなく、きつかった」と自身を顧みる機会が増えた。緊急事態宣言中は実家近くのトレーニング場で体幹を鍛え、6月下旬から南筑高の乱取りに加わるなど試行錯誤を重ねている。決して器用なタイプではないと自己分析しており、目標に掲げ続ける東京五輪での金メダルを実現させるため、まずは柔道に専念する道を選んだ。
引用元:西日本スポーツ
報道では、日本代表での活動が中心となり、大学のある岡山で過ごす時間は少なかったようです。
退学理由に古賀稔彦氏が関係?
出典元:西日本スポーツ
ネット上では、素根輝さんが自主退学したのは、故・古賀稔彦さんのことも関係しているのでは、と言われています。
古賀稔彦さんは2021年3月24日、癌のため亡くなりました。
2020年に癌の手術を受けていて、療養を続けていたそうです。
古賀稔彦さんは後進の指導にも力を入れており、2007年から環太平洋大学の女子柔道部総監督を務めていました。
女子柔道部を、創部4年目で全日本学生体重別団体優勝大会で日本一にするなど、強豪校に育て上げています。
素根輝さんの進学理由について、上述のように「古賀氏の指導を受けられる環境を望んだ」という報道がされています。
素根輝さんは古賀稔彦さんから試合に望む心構えや駆け引きなどを学んでいたそうです。
そして、個人として初出場だった2019年の世界選手権で優勝、グランドスラム(GS)大阪大会も制し、柔道では最初に東京五輪日本代表に決まっています。
古賀稔彦総監督から試合に臨む心構えや駆け引きなどを学ぶと、個人としては初出場だった昨年夏の世界選手権(東京)で優勝した。同年11月のグランドスラム(GS)大阪大会も制して柔道では最初に東京五輪日本代表に決まった。
引用元:西日本スポーツ
古賀稔彦さんは素根輝さんが東京五輪代表に決まった際の会見で、
「彼女は相手が組み手を妥協したところで技を瞬時に選択できる。今取り組んでいる柔道を強化すれば金メダルは必ず近づくので自分に自信を持ってやってほしい」
引用元:西日本スポーツ
と話しています。
しかしその後、古賀稔彦さんは癌を患い、2020年5月には腎臓を片方摘出。
退院後は周囲が心配するほどやせ細っていたそうです。
試合の現場に訪れ笑顔を見せることもあったそうですが、以前のように総監督として指導することは難しかったのではないかと思われます。
素根輝さんが報道通り「古賀氏の指導を受けられる環境」を環太平洋大学に望んでいたとすると、自主退学を考える理由になったことは考えられます。
しかし、素根輝さん本人が言及していない以上、推測の域にとどまっています。
素根輝の自主退学後は?
出典元:https://www.park24.co.jp/tokyo2020/a_sone.html
素根輝さんは環太平洋大学を自主退学後は、上述の通り母校の久留米市立南筑高等学校を練習拠点にしています。
100キロ級以上の男子生徒を相手に稽古に励んでいたと報道されています。
そして、2021年4月から日本大学スポーツ科学部に入学しています。
また、同月には実業団のパーク24に入社、所属もパーク24になりました。
パーク24への入社、日大への進学を決めた理由を、「東京拠点なので出稽古先が多く、強くなる環境が整っています」「日大は柔道に専念しながら勉強できると思い」と話しています。
パーク24には柔道優先で日大への入学を認めてもらったそうです。
「4月からパーク24に入社し、日大へ進学します。東京拠点なので出稽古先が多く、強くなる環境が整っています。日大は柔道に専念しながら勉強できると思い、パーク24には柔道優先で入学を認めてもらいました」
引用元:日刊スポーツ
パーク24には男子66キロ級の阿部一二三さんや女子48キロ級の渡名喜風南さんなど、五輪代表も務める多数の強豪選手が所属しています。